大腸リンパ濾胞過形成
大腸リンパ濾胞過形成
疾患概念は混沌としていますが1977年に水野氏らが「大腸リンパ濾胞増殖症」として報告したのに始まります。もともと腸炎様症状(下痢や腹痛)に注腸X線検査や内視鏡検査が行われ始めて気付かれた疾患概念です。大腸検査法の進歩により、従来は腸炎として対処されていたような症例に対しても積極的に注腸X線検査や内視鏡検査が行われるようになってきてから直腸及び結腸粘膜にリンパ濾胞によると考えられる多数の円形の小隆起が認められることがあるのに気づかれるようになって報告された疾患概念です。
大腸リンパ濾胞過形成、直腸リンパ濾胞過形成など似たような用語が多数あり、臨床の現場では混在して使用されています。全く無症状の健診内視鏡でも同様の粘膜所見が見られることもあり、その内視鏡所見に対して「症」という字のついた大腸リンパ濾胞増殖症という呼び名を使用することには抵抗を感じるため当院ではこの内視鏡粘膜所見に対して病理組織所見を反映した大腸リンパ濾胞過形成という所見名で呼んでいます。
基本的に潰瘍性大腸炎などの慢性大腸炎疾患とは関係がないとは言われていますが、アフタ様の目立つ所見を直腸に認めた症例では後に潰瘍性大腸炎を発症したという報告もあることから潰瘍性大腸炎の前駆状態との異同が議論されたこともあります。
「リンパ濾胞過形成」という所見は過敏性腸症候群の重要な内視鏡所見の一つと言える可能性がある。トリメブチンが著効する一群を見出せる可能性がある。しかし、全くの無症状健診例でもリンパ濾胞過形成が見られることがあるため安易に過敏性の指標にはできない。
現代では、血液検査などの臨床検査および腹部超音波検査やCTなどの画像診断が発達したため純粋な急性ウイルス性腸炎に対して大腸検査がなされることはなくなってきています。しかし、当院では大腸カメラ特化型施設という特性上、内視鏡検査まで腸炎軽快後にご希望される方が多くいらっしゃいますが、やはり高頻度にリンパ濾胞過形成の所見が見られます。腸炎後の下痢や腹痛、腹部膨満感が何カ月も持続する腸炎後過敏性腸症候群(IBS)の患者様ではほぼ必発の所見といっても過言ではないくらいに遭遇する所見です。長引く腸炎様症状に対して大腸カメラまで行わない施設も多く、そのため、長引く下痢や腹痛などの場合で血液検査や画像検査で異常がなかった場合、多くの場合は過敏性腸症候群(IBS)として臨床診断がなされているのが実情です。
ですが過敏性腸症候群と臨床診断されているものの中にかなりの割合で大腸リンパ濾胞過形成の所見が見られます。
当院は大腸カメラの専門クリニックであるため長引く下痢や腹痛で近医では過敏性腸症候群と言われ、メンタルが弱いわけでもないのにメンタルのせいにされたり、大したストレスがあるわけでもないのにストレスが原因と言われたりし、正確な検査を求めて遠方から多くの過敏性腸症候群様の患者様が来院されています。そのような症例に対して大腸カメラ(下部消化管内視鏡検査)を行うと一見気づきにくく何の所見もないように見えますが最新のCF-EZ1500や1世代前の290シリーズでは特にNBI(narrow band imaging)の画像強調像を用いるとリンパ濾胞過形成の所見が高頻度に見つかります。白い斑点として認識できます。炎症が目立つ場合は茶褐色帯で縁取られた白斑として認識できます。
白色光やTXI、2世代前(OLYMPUS社の260シリーズ以前)の内視鏡では気づきにくい所見です。
そのため当院では過敏性腸症候群が疑われる症例の大腸カメラ検査の際は盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸の各部位でNBI画像を1枚は撮影するようにしています。もともと回盲部付近はリンパ組織が発達しているため健常人の内視鏡検査でも盲腸~上行結腸にはリンパ濾胞過形成の所見をしばしば認めます。横行結腸~直腸にかけてリンパ濾胞過形成の所見があった場合は腸管の過敏性が亢進している可能性が考えられます。
過敏性腸症候群は機能性消化器障害(Functional gastrointestinal disorder:FGID)の一つです。機能性消化器障害とは、器質的疾患によらない腹部症状を慢性的に訴える疾患のことです。機能性消化器障害では腹部超音波検査、腹部CT、腹部MRI、胃カメラ、大腸カメラなどの腹部の検査を行っても器質的異常がないとされています。そのため、当院にご来院される患者様のことを振り返ると厳密には過敏性腸症候群といわれていた患者様の大多数は厳密には過敏性腸症候群ではないということになってしまいます。
しかし、例えリンパ濾胞過形成の所見を認め大腸リンパ濾胞増殖症にあたるとは言え、治療法は対症療法である過敏性腸症候群の基本治療薬が著効するため、過敏性腸症候群ではないとする必要はないと考えています。
実際の保険診療の場では過敏性腸症候群の病名を付けて治療にあたるしかありません。臨床的には過敏性腸症候群としてよく、過敏性腸症候群の中にはリンパ濾胞過形成の所見を内視鏡で認める症例がかなりの割合で存在しており、過敏性腸症候群として加療しているうちにいずれ治療の中止が可能となる可能性があると認識しておいた方がよいです。
過敏性腸症候群はやはりその方のメンタルに何らかの弱さが見受けられ、幼少期からエピソードがあることが多いのですが、もともと胃腸が弱くなかった方が、成人してから過敏性腸症候群様の症状を慢性的に起こすようになったら鑑別に挙げなければいけないものだと思います。
近医で過敏性腸症候群といわれて当院に精査目的で受診された患者様の多くはリンパ濾胞過形成の所見を認めており、そのような患者様は過敏性腸症候群の第1段階目の治療でコントロールできることがほとんどです。第2段階目や第3段階目の治療を要してくるような過敏性腸症候群はいわゆる定義に当てはまる狭義の過敏性腸症候群の方なのだと思います。
過敏性腸症候群のガイドラインでは過敏性腸症候群を疑った場合に大腸カメラ検査は必須の位置づけになっておりませんが、リンパ濾胞過形成の所見を認めるか否かでその後の経過がある程度予想できるので大腸カメラ検査は当院では必要な検査と考えております。患者様の中には過敏性腸症候群と安易に言われてしまうとインターネットで自己流で情報を集めてしまい、「自分の心が悪いのか」とか「一生治らないのか」などの不安を感じ追い込まれてしまう方がいらっしゃいます。リンパ濾胞過形成を伴う過敏性腸症候群を含め広義の過敏性腸症候群と呼んで臨床診断で治療にあたることが重要だと思います。
過敏性腸症候群は除外診断で成り立つとされるため「病気はないので過敏性だよ」などと心無い言葉を患者様にかけてしまっている医師もいます。
ですが、過敏性腸症候群は患者数も多く様々な病態の寄せ集めである症候群だからこそ奥が深いと思います。
大腸カメラの「リンパ濾胞過形成」という所見は過敏性腸症候群の重要な内視鏡所見の一つだと言ってもいい時代が来たのではないでしょうか。
なお治療についてはリンパ濾胞過形成の所見を認め、かつ、過敏性腸症候群と思われる何らかの症状(腹痛、残便感、腹部膨満感など)を訴える方にはトリメブチンマレイン酸塩が著効することをしばしば経験します。
現在全国的にトリメブチンマレイン酸塩は需給バランスが崩れ供給困難の状態が続いています。
当院でも内視鏡を受けていただき、患者様への詳しい問診と診察、血液検査、大腸内視鏡所見などの検査所見を元にトリメブチンマレイン酸塩を処方する場合が多くございます。
しかし、処方箋がでたとしても、近隣のどこの調剤薬局様に取りに行っても入手が困難という場合もございますので、予めご了承ください。その場合、数多く存在する他の過敏性腸症候群の薬をうまく使用して症状をコントロールするしかありませんが、一緒に頑張ってお体に合う薬を探す作業を外来で行っていきましょう。