まず、現状についてご説明します。2022年の日本での悪性腫瘍の新規発生数を見てみると、大腸癌の新規発生数はなんと1位となっております。大腸癌、肺癌、胃癌、前立腺癌、乳癌が上位5大悪性腫瘍です。
大腸癌について
大腸癌について
まず、現状についてご説明します。2022年の日本での悪性腫瘍の新規発生数を見てみると、大腸癌の新規発生数はなんと1位となっております。大腸癌、肺癌、胃癌、前立腺癌、乳癌が上位5大悪性腫瘍です。
男性の中では4位で、1位から前立腺癌、肺癌、胃癌、大腸癌、肝臓癌となっております。
女性では2位となっております。1位から乳癌、大腸癌、胃癌、肺癌、膵癌となっております。
では死亡者数はどうなのでしょうか。日本での2022年の悪性腫瘍の死亡者数を見てみましょう。肺癌に次いで大腸癌の死亡者数は2位です。癌によって進行速度や有効な治療の有無が異なり、癌の発生数=死亡数ではないのです。発生数が多いが死亡者数が少ない前立腺癌、乳癌は有効な検診システムが整備されていたり有効な治療法があるということです。対して膵癌のように発生数は少ないものの、死亡者数が多いものは有効な検診システムがなかったり、いまだ満足できる治療法が開発されていないということです。消化器癌の代表格、胃癌と大腸癌はどうかというと発生数も多く死亡数も多いことが分かります。これは有効な治療法があり検診システムがある程度は機能しているものの、未だ十分ではないためです。
2022年の男性の死亡数についてお話します。大腸癌は男性悪性腫瘍死因の2位となっております。1位から肺癌、大腸癌、胃癌、膵癌、肝臓癌となっております。
2022年の女性の死亡数についてお話します。大腸癌は女性悪性腫瘍死因の1位となっております。1位から大腸癌、肺癌、膵癌、乳癌、胃癌となっております。
次に日本の大腸癌予防医療の現状が世界的に見て遅れていることを示すグラフです。ポリープをとることで大腸癌の80-90%が予防できますが、大腸カメラによる大腸癌予防の普及具合を示すのが図の大腸癌年齢調整罹患率と死亡率です。いかに日本人にいまだ大腸カメラを受けていない人が多いかがわかります。米国などの先進国では大腸カメラによる予防医学が進んでいます。
大腸癌の年齢調整死亡率を米国、日本で比較したものです。米国は大腸癌予防医学の発展とともに大腸カメラが普及しているので大腸癌の早期発見も多くなされるようになり、低下傾向を示していますが、日本はまだまだ下がり始めてきたばかりの状況です。これも症状がでてからでないと大腸カメラを受けに行かない傾向が日本人にあるためです。しかし、このグラフでは下がり始めてきたように見えますが、それ以上に日本は高齢化が急速に進行しており、世界人口とは異なる人口構成になってきていますので大腸癌の絶対数は増え続けています。日本は大腸癌後進国です。
次に現状のままだと将来の日本での大腸癌の疫学がどうなっていくのかの予測についてお話しします。2020年と2045年の大腸癌の新規発生数のWHO(世界保健機関)による予測値ですが、男性は千人あたり80.4人から5.8%増加し、85.1人になる予測です。女性は65.3人から6.0%増加し、69.2人になる予測です。
大腸癌による死亡率はさらに増加する予測です。2020年と2040年の1,000人当たりの死亡率ですが、男性では31.1人から14.4%増えて、35.5人になる予測です。女性では29.4人から15.7%増えて、34.0人になる予測です。
なんと25年後には男性の28.2人に1人が、女性の29.4人に1人が大腸癌で死亡する予測です。小学校のクラスをイメージしてください。現在の小学生は35名クラスですが以前は40名以上いました。2020年時点で40~60代の方はクラスメートの1人以上が大腸癌で死亡すると予想されているのが日本の将来なのです。大腸癌になる確率はもっと高いことを考えると大腸癌の恐ろしさがお分かりいただけるかと思います。
しかし、後述するとおり大腸癌のほとんどは予防と早期発見が可能です。今後、大腸カメラの必要性は益々高まっていきます。
早期大腸癌の初期症状はありません。便潜血陽性が唯一の症状というか検査所見になることがほとんどです。しかし、早期大腸癌の31~47.7%が便潜血陰性になります。
進行大腸癌の初期症状は便の色の異常、便が細くなる、慢性の便秘症、体重減少、易疲労感、倦怠感などです。便に関する症状以外は感染症や他の悪性腫瘍や精神疾患でも起こりえるものです。
皆様へは例え大腸癌になったとしても是非とも無症状の内に便潜血陽性や大腸カメラをきっかけで診断されてほしいと思います。これが理想です。便潜血陽性で大腸癌が見つかれば進行癌であったとしてもまだ間に合うことが多いです。便潜血検診も大腸癌の否定に使用できる検査ではありませんので、便潜血がずっと陰性であっても5~10年に一度は大腸カメラを受けていただきたいと思います。こうすることでほとんどの方が大腸癌で亡くなることがなくなります。
しかし、有症状とはいっても大腸癌は肺癌やすい臓癌と違ってよい治療選択肢があるため長期生存を可能とすることができます。進行癌でもできるだけ早めに発見した方がいいわけです。便の色の異常、便が細くなる、慢性の便秘症、体重減少、易疲労感、倦怠感などの症状がある方は、様子を見ることなく早めに医療機関にご相談ください。当院にご相談いただければ真っ先に大腸癌がないかどうか調べさせていただきます。
なぜポリープができて大腸癌になるのでしょうか。それは、遺伝子異常が原因です。ヒトには約23,000種程の遺伝子が存在しますが、そのうちどの遺伝子にどのような異常が発生したときに腫瘍が発生し、癌化するのか世界中の研究者の手によって徐々に明らかになってきています。しかし、未だ未解明のところが多いのが現状です。簡単に理解していただけたら良いので、正確ではありませんが概要をわかりやすくお伝えします。遺伝子とは蛋白質の構造の設計図です。蛋白質は20種類のアミノ酸を積み木のように組み合わせたものです。アミノ酸の組み合わせ方を示す設計図が遺伝子だと思ってください。コンピュータ言語は全て0と1で構成されますが、ヒトの遺伝情報はA,G,C,Tというものから構成されます。その設計図の書き換え方、壊れ方とは無数にありますので、1つの遺伝子に対して遺伝子異常は1つではなく数えきれないほど膨大な種類が生まれます。その設計図の異常によっては出来上がった蛋白質ができそこないになるものもあれば、ある程度機能するものになったり、全く機能しないものになったり、逆に機能しすぎるものになったりします。細胞の増殖が機能しすぎる異常がでたり、出来損ないの細胞を死滅させる能力が低下する異常が発生すると細胞が増えすぎたり、細胞が死ななくなったりして細胞がおかしな塊、つまり腫瘍を形成します。腫瘍が他の細胞を置換するように入りこんでいったり(浸潤)、遠くへ飛んで行ったり(転移)する能力を獲得すると悪性腫瘍と呼ばれるようになります。良性腫瘍は周りを押しのけて大きくなりその場にとどまります(境界明瞭、外に凸)。悪性腫瘍は隣に入り込んでいったり(浸潤)(境界不明瞭、辺縁不均一/不整)、いきなり夜逃げして夜逃げ先で集落を形成したり(転移)するようなイメージをもってください。
ここで上に示した図をご覧ください。大腸癌の発生する経路の概略を示しています。大まかに3経路の腫瘍化の道のりがわかっています。一番右がAPC遺伝子の異常を主軸に腺腫(adenoma)を経て癌化するadenoma-carcinoma sequenceといって最も多い経路です。真ん中は少し稀な経路ですが、K-RAS遺伝子異常から過形成性ポリープ(hyperplastic polyp:HP)という非腫瘍をへてTSAという腫瘍に代わって癌化していく経路です。最後に左側の経路は稀な経路ですが最近注目されています。BRAF遺伝子異常からHPを経てSSLという良性腫瘍になり、SSL-Dという顔つきの悪い良性腫瘍に変化して癌化する経路です。SSLは右側大腸に発生しやすく、扁平で色調変化に乏しく発見がかなり難しいため大腸カメラを受けているのに大腸癌になった方の原因の多くを占めると考えられています。インターバル大腸癌の原因という意味で注目されているのですが、もう一点注目されている理由があります。それはオプジーボやキートルーダをはじめとする免疫チェックポイント阻害薬という話題の薬が効きやすい大腸癌の経路だからです。この経路の途中にミスマッチ修復遺伝子という遺伝子群(MLH1, MSH2,MSH6, PMS2など)にある種の異常が起きると癌化しやすくなることが知られています。有名なものがMLH1遺伝子のプロモーター領域のhypermethylationという異常なメチル化現象です。リンチ症候群という若者にできる遺伝性癌症候群を起こしてくることが知られています。このタイプの異常はマイクロサテライト不安定性という表現型を呈する遺伝子異常で、これがみられると免疫チェックポイント阻害薬が著効することが知られています。
我々医師の目には正常とは異なるものとして腫瘍または非腫瘍を認識できますが、遺伝子異常は内視鏡では認識できません。大腸癌にならないようにするには究極的には遺伝子を修復することが根本治療なのですが、現代の技術では不可能で、少なくとも我々が生きている間には人類には達成できないことと予想されます。よって遺伝子を治すのではなく遺伝子異常から発生した癌化前の良性腫瘍(左図の破線)を見つけて取り除いてあげるしかありません。そう、それこそが内視鏡的ポリープ切除術です。当院が目指す目標は当院をご利用された患者様の大腸癌死を限りなく0に近づけることです。福岡大腸カメラクリニックは、癌化前のポリープを駆逐する特殊部隊、ポリープバスターズなのです。
集団検診では免疫学的便潜血2日法(FIT:fecal immunochemical occult blood test)があります。これは大腸癌の確率を絞り込む目的で行われています。一般人口には0.08%の確率で大腸癌の患者様がいます。1万人から8人の大腸癌を探すのは至難の業です。そこで便潜血陽性者というグループを抽出してみると大腸癌の確率が1-2%になるのです。100人から1-2人でも大変ですが、1万人から8人を探すよりマシになります。便潜血検診とはそういう検査なのです。大腸癌の否定のために行われている検査ではないことに注意してください。便潜血が陰性だから大腸癌がないとは言えないのです。一般の方は、おそらく、「便潜血大腸癌検診が毎年陰性だから大丈夫」と理解してしまうのではないでしょうか。
「便の検査で大腸癌検診は受けていたのになぜ、私に大腸癌が見つかったのですか?」などというご質問をよく受けるのですが、その答えは「便潜血検診が大腸癌を否定するために使えるほど感度の高い検査ではないから」となります。
基本は大腸カメラです。早期癌も進行癌も、前癌病変も大腸カメラなら診断することが可能です。
進行大腸癌の診断や広がり診断(ステージ診断)のために行う検査が、腹部超音波検査、胸腹部(造影)CT検査、腹部(造影)MRI検査、注腸造影検査、PET-CT検査などになります。
腫瘍マーカーとしてCEA,CA19-9がありますが、腫瘍マーカーへの一般の方の理解が誤っていることが多く注意が必要です。これらは大腸癌を診断する能力を持っていません。あくまで、大腸癌の治療効果判定や再発のマーカーとして使用できる可能性を秘めた検査値です。例えば、大腸癌の診断が確定し後にCEAやCA19-9が高値であったとしたら、その後の手術で正常化し、経過観察中に上昇してきた場合再発を疑うという形で使用できます。また抗癌剤で数値が下がれば効果がありそうといった解釈に使用することが可能です。無症状で大腸癌の検査も受けていない一般集団にCEAやCA19-9を測定しても意味がありません。皆様、人間ドックでCEAやCA19-9の測定を薦められても測定しないことをお勧めします。癌の診断に使用できる腫瘍マーカーは非常に少ないのです。前立腺癌のPSAは診断に使用できるマーカーであるため集団検診で測定されますが、CEA,CA19-9にその力がないということを覚えておいてください。ましてやCEAとCA19-9が上昇していないから大腸癌はないだろうと考えるのは極めて危険です。
大腸癌の治療はステージによって決まります。
簡潔に説明します。
粘膜内にとどまる早期癌は内視鏡的切除。
粘膜より深くに浸潤した癌は外科的手術(開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット支援下手術)。
遠いリンパ節や遠い臓器(肝臓や肺)に転移をしている癌は化学療法。
体力の落ちた方で手術や化学療法をすることで寿命が短くなる恐れのある方は緩和ケア。
このようになっています。
ステージは下図のTNM分類を用いて決まります。
大腸癌の原因は遺伝子変異と前述しました。遺伝子変異を起こしえるリスクファクターを回避することが患者様にできる予防です。
先天的な遺伝子の脆弱性(生まれながらに癌になりやすい方、癌家系のかた)は現代の技術ではどうすることもできません。
個々人がどうにかできることは実はそう多くありません。あまりエビデンスのないものもあります。
やはり確実なのは大腸カメラを受けてポリープがある場合は全ての腫瘍性ポリープを切除した上で、定期的に大腸カメラでフォローアップすることです。
2000~2007年の大腸癌研究会・全国登録の症例データが示す5年生存率では、ステージIは93%(5311例)、ステージIIaは89.9%(5879例)、ステージIIbは83.8%(1544例)、ステージIIcは81.0%(420例)、ステージIIIaは92.5%(583例)、ステージIIIbは81.0%(2947例)、ステージIIIcは62.0%(963例)、ステージIVは33.4%(6689例)となっておりました。
現在のステージ分類の問題点はステージIIbやIIcよりもIIIaの方が5年生存率が高くなっていることです。今後またステージ分類は予後や治療方針を反映できるように時代に合わせて変化していくと考えられます。